2016/03/13

トランプと共和党が軽蔑される理由

オバマ大統領は最近機嫌がいい。共和党が長年使ってきたデマゴーグ戦術を最大限に使って人気を得ているトランプに共和党主流派が戸惑っている(振りをしている)のを見て、愉快に思わないはずがない。テキサス州のオースティンで開かれた資金集めのパーティーに出席したオバマ大統領は、トランプの戦術に「ショックを受けている」共和党主流派の自己撞着をジョークのネタにして集まった民主党支持者たちをもてなした。


 このジョークの中で大統領は共和党主流派のおとぼけぶりに焦点を当てるために「shocked」という表現を使っているが、これは『カサブランカ』という有名な映画の一場面から取ったもので、ナイトクラブで違法な賭博に興じていた警察官が、警察の手入れに遭遇して、ここで賭博が行われているなんて「ショックだ」ととぼける場面に対比させている。反移民、反モスレム感情を煽り、討論では口から出任せの捏造と歪曲を常套手段とするトランプに対して、共和党の大統領予備選候補者がそんなことをするなんてショックだなどと紳士面してとぼけるのもいい加減にしてほしいというわけだ。オバマ大統領のこのトランプ現象の分析はCNNワシントンポストなどあちこちで取り上げられた。

デマの矛先がオバマ大統領に向けられていたときは、トランプを大歓迎していた共和党 なのだ。そのデマは、オバマ大統領がケニヤ生まれだというばかばかしいデマだったから、長い間大統領は無視していた。大体、アメリカ生まれでなければアメリカの大統領になる資格はないから、立候補の受付時にも、選挙結果の確定時にもその資格はチェックされているはずである。それに対し、トランプは茶会党と一緒になって、出生証明書を見せろと執拗に繰り返すのをマスコミも調子に乗って報道しまくった。これも、オバマ大統領はことあるごとにジョークのネタにしている(Obama Mocks Donald Trump)。

共和党のデマゴーグ戦術は独立宣言を起草したトーマス・ジェファソンにまでさかのぼることができるのではないかと思うが、近年では、ニクソンを勝利に導いた南部戦略(Southern Strategy)にまでさかのぼることができるのだそうだ(American Demagogue by David Remnick)。南部は南北戦争に負けて以来、リンカーン大統領が共和党だったから、反共和党になって民主党を支持してきた。ところが、民主党のケネディー大統領が南部の黒人差別を撤廃させる政策を次々に実施したため、共和党は南部を民主党から奪う絶好の機会をつかんだのである。私はカーター/レーガン以降の大統領選しか見ていないけど、共和党は、二言目にはValue(価値観)を持ち出して、白人の既得権とキリスト教の価値観にしがみついている白人、中でも低学歴の白人男性(レッドネックたち) の偏見をくすぐる作戦を取ってきたことははっきりしている。何せ、人種差別撤廃を快く思っていない連中の「価値観」におもねようと言うのだから、その時点で既に道徳的に破綻している。彼らは、白人がキリスト教と武力を使って世界中を植民地化し、世界に君臨した「栄光」の時代を心のよりどころにしている。彼らにとって、アメリカは西洋文明/キリスト教文明と白人の優越性を証明し謳歌するために作られた白人天国だったはずなのだ。それは、異質で勤勉な日本人移民を恐れて、排日運動に走った戦前のアメリカと同じ心理構造であり、ナチスの白人至上主義と同じである(ちなみに、第二次大戦中、アメリカはユダヤ人難民の受け入れを拒否し続け、日系アメリカ人を強制収容所に押し込めた)。彼らの間では最後に頼りになるのはキリスト教と武力という意識は今でも効力を失っていない。

伝統的な共和党支持者は、自由主義経済の恩恵を受けてきた資産家層である。それが貧富の格差が拡大する中で、南北戦争に負けてから経済的に取り残されてきた南部の白人を取り込んで支持層を増やそうというのだから、かなりの工夫がいる。そこで注目したのが、人種差別に加えて、彼らの篤い信仰心であり、東部のインテリ、エリートに対するねたみと反知性主義であった。聖職者が動員され、キリスト教の価値観を法律に反映させなければならないという運動が繰り広げられることになる。妊娠中絶、同性愛、進化論なんか聖書は認めていない。学校でキリスト教を教えないから風紀が乱れる。政教分離など糞食らえだ。民主主義が多数決なら多数を占めるキリスト教徒の価値観を押し付けてどこが悪いと言う論理で、共和党を支持することはキリストの教えを守ることであり、キリスト教の価値観を反映しない政治を許せばアメリカが崩壊するかのように扇動する。

富裕層の経済活動に対しては政府の介入を排除した自由主義を標榜し、レッドネックたちには、国民皆保険制度は個人の選択の自由を侵害するといってけしかけ、多数や暴力を頼みにした横暴に歯止めをかける政府の介入を自由の名の元に撤廃させることを標榜する一方、女性の健康管理の自由を否定して法律で規制することを標榜するという、アナーキズムを取り込んだでたらめなご都合主義なのである。家族を大事にする価値観を取り戻せ。フェミニズムもリベラルも皆キリスト教の価値観に反する。 黒人やヒスパニックが仕事を奪っている。オバマはイスラム教徒だ、アメリカ人じゃない。ヒットラーと同じだ。社会主義者だ。。。もう支離滅裂なのだ。オバマは悪魔だ、政府は悪だ、税金など払う必要はない。小さな政府で十分だ、政府など潰してしまえ、政府をシャットダウンしろ、とエスカレートしていく。国民皆保険制度は個人の選択の自由を侵害するという扇動に乗って、保険に加入することを拒否していたら、癌の宣告を受けて真っ青などというケースもある。

1990年代、ビル・クリントンが大統領だったとき、下院の共和党のリーダーだったニュート・ギングリッチ(Newt Gingrich)という男は、癌の治療中で病床にあった妻の前に離婚の書類を突き付けて署名させたという話で有名になった。そういう男が共和党こそは家族を大事にする価値観を守る政党だというのだからお笑いだが、共和党のデマゴーグ戦術に喜んで乗る連中には、そんなことはどうでもいいらしい。それらしいことを言って敵を特定し、溜飲のさがるような気炎を上げることで満足しているように見える。

その戦略の有効性が証明されたのは、ブッシュ大統領(シニア)の選挙戦のときだったように思う。ブッシュの選挙戦の参謀を勤めていたリー・アットウオーターが、民主党のマイケル・デュカーカスがリードしていたのを一挙に逆転するデマを拡散することに成功したのである。共和党のデマゴーグ戦略に、ゴシップとセンセーショナリズムを売り物にするマスコミは喜んで「協力」してきた。コメンテーターとかパーソナリティとかいう連中をスターに仕立て上げ、共和党の筋書きに沿って口裏を合わせ、朝から晩までテレビやラジオで気炎を上げさせる。そのような共和党の戦略に協力して一財産作ったのがラッシュ・リンボーであり、それで視聴率を上げたのがフォックス・ニューズである。茶会党というのはフォックス・ニューズがその政治的動員力を証明するために、黒人に大統領などやらせられるかと、銃を持ち歩いて気炎を上げ、鬱憤を晴らそうとしていた血の気の多いレッドネックたちを扇動して作った党である。白人が黒人を襲う犯罪が増えたのは、彼らがその鬱憤のはけ口を求めているからである。

一方、一般庶民の懐具合については、彼らを支えるための予算を削ってその分富裕層の手元に余計にお金が残るようにしているだけなのに、減税で金持ちの手元にお金が残るようにすれば、トリクルダウンで下まで潤うから心配するなと平気で嘘八百の経済論を展開する。

共和党主流派の後ろ盾がアメリカの真の支配者層(軍産共同体、ウォールストリート、1%の富裕層)であることは周知のことであり、共和党の政策を見れば、共和党を支持する低学歴低収入の白人男性も含め、99%の大衆が損をするような制度や法律ばかりを作っているが、レッドネックたちにとっては、そんな小難しいことより、自分たちが失いつつある既得権のために気炎を上げることの方が重要なのであろう。とはいえ、自分たちの問題が一向に解決されないことの苛立ちが、ついに、共和党主流派の拒否とトランプ人気となって現れたと見ることもできる。

ブッシュ(ジュニア)のときはブッシュの頭脳と言われたカール・ローブ が策士として絶大な影響力を発揮した。何せ、アルコール中毒でまともな職に就いたことのない大金持ちのどら息子をテキサス州知事に当選させ、大統領に仕立て上げたのだから、その手腕には脱帽せざるを得ないが、ブッシュ(ジュニア)の8年間は、フロリダ州での投票結果のごまかしに始まり、9.11、無謀なイラク戦争とWMDのうそ、テロに対する戦争とやらの泥沼化、拷問、ハリケーン・カテリーナ災害救助と復旧での不始末、政府の私物化、貧富の差の拡大、リーマンショック、そして大不況で閉じた。アメリカの国民は目の前で民主主義が蹂躙され、若者が意味のない戦争で殺され、税金が軍産共同体、ウォールストリート、1%の富裕層の私腹を肥やすために使われ、老朽化したインフラが放置され、経済が崩壊するのをなすすべもなく見守った。ビル・マーでなくても、まともなアメリカ人ならアメリカ人であることが恥ずかしくなるようなことが大手を振ってまかり通った悪夢のような8年間だった。民主党のオバマが大統領に就任してほっとしたのもつかの間、共和党はオバマ・バッシングと議会を完全に麻痺させる戦術を使って大衆扇動に邁進してきた。大衆はどこでも喉もとを過ぎればすぐに熱さを忘れる。

共和党が長年磨いてきたデマゴーグ手法を今回の大統領選で最大限に利用し、デマゴーグのカリカチュアを体現して人気を博しているのがトランプなのである。過激なことを言えば言うほど、下劣なことを言えば言うほど、メディアは競って取り上げてくれるから、宣伝費が浮く。トランプは笑いが止まらない。人の褌で相撲を取るというのはトランプの得意とするビジネスモデルなのである。

しかし、共和党主流派がトランプの人気に困惑している本当の理由は、トランプの言動や政策を問題視しているからでも彼が大統領になったときのことを恐れているからでもない。アメリカの真の支配者たちにとって大統領を懐柔することなどたやすいことである。民主党のビル・クリントンにはゴールドマン・サックスからロバート・ルーベン(Robert Rubin)を財務長官として送って子守をさせ、オバマ大統領には Federal Reserve Bank of New York から ティム・ガイトナー(Tim Geithner) を財務長官として送り込んで子守をさせたのだから、トランプを懐柔できるかどうかなど誰も心配していない。今回の選挙戦が彼らの思惑通りに進んでいないから困惑しているに過ぎない。トランプは彼らのコントロール下にないから、共和党が分裂する恐れがある。これまで8年間オバマ・バッシングとヒラリー・バッシングに励んで、大統領の椅子を奪回する準備を着々と進めてきたのがすべて無駄になるかもしれないことを恐れているのである(How the Republican Party created Donald Trump by )。









0 件のコメント:

コメントを投稿