2019/08/01

INSTEX:ドル基軸通貨体制の終わりの始まり

INSTEXの情報を最初に目にしたのは、今筆者がフォローしているマイケル・ハドソンというアメリカの経済学者(国際収支の分析と新自由主義経済学の批判が専門)のブログをスキャンしていたときだった。アメリカの覇権はドルが世界の基軸通貨という地位を維持していることにかなり依存しているという理解に立つと、「オッ!」と思わせる次の題が目に飛び込んできた。

Trump’s Brilliant Strategy To Dismember US Dollar Hegemony – Analysis
By 
(米ドル覇権を解体するトランプの見事な戦略―分析)
以下はハドソン先生が皮肉たっぷりにトランプ政権を「礼賛」している段落である。
No left-wing party, no socialist, anarchist or foreign nationalist leader anywhere in the world could have achieved what he is doing to break up the American Empire. The Deep State is reacting with shock at how this right-wing real estate grifter has been able to drive other countries to defend themselves by dismantling the U.S.-centered world order. (左翼政党も、社会主義者も、アナーキストも、外国の国粋主義リーダーも、世界中のどこを見渡しても、アメリカ帝国の解体に向けてトランプがやっていることを達成できた者はいない。この右翼の不動産屋ペテン師が、他の国々を、アメリカ中心の世界秩序を解体することによって自国を守るように駆り立てることができたことに、ディープ・ステートはショックを受けている。)

現在国際的な銀行間の送金はベルギーに本部のあるSWIFT (Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)を介して行われている。この機構の利用についてはアメリカが絶対的な発言権を持っていて、現在イランに対する経済制裁の一環として、この機構をイランとの貿易に使うことをアメリカは禁止しているが、アメリカのベネズエラに対する介入、ロシアやチャイナに対する締め付け、ドイツがロシアから天然ガスを輸入していることへの非難などを考慮すると、いつだれがアメリカの逆鱗に触れてSWIFTから締め出されるか知れたものではない。

ロシアとチャイナの間では既にSWIFTに替わる、人民元とルーブルを使うシステムが構築されていて、2019年から運用されている。インドと日本の間ではかなり前からSWIFTを介さない円建ての送金システムが運用されている。そして今、欧州でも英、仏、独が主導してINSTEX — Instrument in Support of Trade Exchanges (貿易取引支援機関) という通貨の交換を伴わないシステムを作り、とりあえずはSWIFTを通さずにイランとの貿易ができるようにしてしまった。今は制裁対象外の医薬品や食品などのいわゆる人道物資の貿易にしか使っていないようだが、2019年の1月に設立され、6月には既に稼働していると発表された。もちろんトランプ政権は、けしからん、もともと医薬品や食品などの人道物資の貿易は制裁対象ではないのだから、SWIFTを迂回する必要はないはずだと息巻いているが、今のところINSTEX加盟国に対する制裁は発表していないもよう。

日本でもINSTEXについては報道されているが、それがドル基軸通貨体制への挑戦であるという見方は報道されていない(例:日経の2月1日の記事)が、アメリカでは次のリンク先の記事に見られるようにその懸念があちこちでささやかれている。

Post American Networks (Project Syndicate)
[アメリカ覇権終了後のネットワーク]
JPMorgan Warns Federal Reserve Note Could Lose Status (FXSTREET)
[JPモーガンがドル紙幣の地位が失われると警告]
Russia Urges "Independence" From "Imposed World Order" Of US Financial System (ZeroHedge)
[アメリカ金融システムが「押し付ける世界秩序」からの「独立」をロシアが強く要請]

イランとの貿易戦争だけでなくチャイナとの貿易戦争も次のようにドル基軸通貨の地位を危うくしている
U.S. Decoupling From China Forces Others To Decouple From U.S.
[米国のチャイナからの切り離しは他の国々を米国から離れざるを得なくする]

ちなみに、マイケル・ハドソンはアメリカが国際収支の赤字が続いて金の流出が深刻になり、1971年に金本位制を廃止したときに、国際収支の分析に関わっていた経済学者である。その翌年にマイケル・ハドソンが書いた暴露本『超帝国主義国家アメリカの内幕』(30年後に更新された第二版の原文はPDF版をダウンロードできる:Super Imperialism The Economic Strategy of American Empire)は対米従属を憂う日本人なら必読であろう。そして、対米従属を強いられているのは日本だけではないこともはっきりする。

超帝国主義国家アメリカの内幕』は2002年に出版されているが、ハドソン氏は1972年に第一版を出版、30年後の2002年に新しい情報を追加して第二版を書いている。英語版の説明によると、日本語版は英語版より先に出版されたが、第二版での変更を反映している。アマゾンの本の内容の説明には
「日本のバブルとその崩壊も起こるべくして起こった。アメリカの金融帝国主義を知らずに日本経済は理解できない!IMFと世銀を利用して、アメリカはどのように世界経済を操ったのか?アメリカに富を集中させる驚異の経済戦略の全貌がいま明らかに。米国の圧力で翻訳が中断された幻の名著、遂に登場。」
とあり、いわく付きの本である。ちなみに、第一版は世界中で翻訳本が出版されたが、出版を邪魔されたのは日本語版だけだったようだ。しかも、アメリカでは政府機関がこの本を大量に購入して、外交官や官僚たちに読ませたということである。日本ではどこかで、例えば大蔵省や日銀で海賊版が出回っていたという話がないとすれば、怠慢というしかない。

インターネットを検索してみたら、マイケル・ハドソンについて言及している人はあまりいないが、ビル・トッテン氏の耕助のブログの次のページにさわりの要約(1996年にハドソン氏と親交があるトッテン氏が日本人読者のために特別に書いてもらった)がある。日本の経済と税制がいかにアメリカの都合でゆがめられてきたか、そして、それが今も進行中であることがわかる。消費税増税がいかに日本経済の回復に悪影響を及ぼすかを議論しても無駄なのだ。すべてが、アメリカの都合で決められてきたことなのだ。

No.64 米国はいかにして日本を滅ぼしたか(前編)
No.65 米国はいかにして日本を滅ぼしたか(後編)
No.74 日本政府は外貨準備高をいかに浪費したか(前編)
No.75 日本政府は外貨準備高をいかに浪費したか(後編)

他にも何人か書いている人がいる
M・ハドソン「今日の世界経済を理解するために」
「アメリカはいかにして日本を滅ぽしたか」
書評もある
歴史を通じて世界経済を考える書

マイケル・ハドソンの最近の発言の日本語訳はトークショーの翻訳という形で出ているものがある。
新たな世界規模の冷戦 - 金融戦争(その1)
新たな世界規模の冷戦 - 金融戦争(その2) 
マイケル・ハドソンの背景と観点については次の記事が役に立つ。
欧米は経済的破滅への道を歩んでいる